岸和田のだんじり祭りを見てきました。

遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん

9月13日の土曜、大阪の岸和田だんじり祭りを見てきました。

年がら年中だんじりの話をしている。
祭りの日は仕事を休む。
とにかくだんじりが好き。

等々、かねてより岸和田っ子のだんじり好きは耳にしていました。だんじりの一体どこかすごいのか。常々私の中で小さな疑問となっていました。

地域の土着の祭りとは全く縁のない奈良の新興住宅地に生まれた自分にとって、だんじり祭りはある種の憧れのように感じていました。やりまわしと呼ばれる、だんじりを引きながら通りの角を急スピードで曲がる危険と隣り合わせの要素も、男子として強く心が惹かれていました。まさに「男が夢中になるのは危険と遊びだけ」の世界。


当日、午前は曇りがちでしたが、午後には青空が大きく広がり、カンカン照りの晴天に恵まれまさに祭り日和。岸和田に近づくにつれ、鉦と太鼓の音、そしてだんじりを引く勇ましい掛け声が聞こえてきました。

各町々の紋が染め抜かれたはっぴを着た男衆、白いねじり鉢巻き、あちこちから上がる掛け声。細かい彫刻に彩られた勇壮なだんじりを中心に、コカコーラでもない、ニューヨークヤンキースでもない、隅から隅まで日本の美学で築き上げられた世界がそこにはありました。


日本男児かっこえー!

だんじりを見て、男の晴れ舞台に同じ男として血が熱くなるのを感じました。


だんじり祭りには細かい役割分担があるようで、まず、だんじりの先頭を安全確保要員として壮年のおじさんが先導します。行く手に障害物がないか確かめながら観客を安全な場所に誘導させるのがその役目のようです。続いて、だんじりを引く実働部隊が続きます。先頭は小学生、続いて小、中、高の女子、続いて、中、高の男衆、だんじりの前後には経験豊富な三、四十前後のおっさんがだんじりの舵取りをします。だんじりの上にはだんじりの船長ともいうべき大工方が載っています。この他にも細かい役割分担があるようですが、割愛しましょう。
このような明確に分けられた役割分担のもと、総勢100人前後の人間でひとつのだんじりを引っ張っているわけです。

力のある者は力を出し、
状況を見極めることができる者は指示を出し、
全体を俯瞰できる者は周りに目を配り、
皆を鼓舞することができる者は声を上げて皆を勇気づける。

それぞれの役割が全てまっとうされてはじめてだんじりが円滑に前に進んでゆきます。男女を問わず、子供から大人まで、全員がだんじりの曳航のために何がしかの役割を与えられています。

まさにこれはひとつの小さな社会ではないですか。


私は、だんじりの見所である角を曲がるやりまわしよりも、だんじりを通して、町民の老いも若きもが、それぞれがそれぞれの役割を持ち、ひとつのだんじりの曳航に力と能力を集約してゆく様に素直に感動してしまいました。



だんじりは途中に休憩を挟みながらも朝から夕方まで町内を延々と引かれ続けます。夕方近くには、引き手の表情には明らかに疲労の色が見え、とても「楽しいお祭り騒ぎ」に喩えられるものではありませんでした。さんざん走り、引っ張り続けてきた引き手の若い男女の表情はまるで部活の練習の様。「もうつらい」「暑い、しんどい」そういった声が今にも聞こえてきそうです。

それでも彼らは、力一杯にだんじりを引っ張るわけです。一体の何のために?勝ち負けがあるわけでもないのに。

それは観客の我々のためではないでしょう。そうではなく、町の皆のために、だんじりを愛するわが町のために、彼らは力一杯引いているように見えました。その力こそが、だんじりの数百年の伝統の礎になっているのかもしれません。

強く、熱い絆をこの岸和田の町に感じました。
男よバカであれ。